多嚢胞性卵巣症候群(PCOS) polycystic ovary syndrome

どんな病気?

多嚢胞性卵巣症候群は、名前の通り卵巣に卵胞(卵子の入ったふくろ)がたくさんできるのですが、なかなか排卵できない病気で、生殖年齢の女性の約6~8%にみられます。
長い名前なので英語の Polycystic ovary syndrome を略してPCOやPCOSなどと呼ばれています。

どのような症状がでるのでしょう?

頻度の高い順に挙げます。PCOSの病態は様々なので下の症状がすべて出るわけではありません。
下に代表的な症状を挙げます。

  1. 月経不順、または無月経
  2. 不正性器出血(月経以外の出血をさします)
  3. 不妊
  4. 多毛
  5. にきび、ふきでもの
  6. 肥満

どのように診断するのでしょう?

下の診断基準を満たす場合、PCOSと診断されます。

  1. 月経異常(月経不順、無月経)
  2. 卵巣の多嚢胞所見
  3. 高アンドロゲン血症またはFSH 上昇を伴わないLHの基礎分泌高値(LH>FSH)

(日本産科婦人科学会 生殖・内分泌委員会,2007)

病態は?

これはとても難しい話になります。必要に応じてフローチャートを参考に医師の説明を聞いてください。

[画像] PCOSの病態についてのフローチャート。詳細をお知りになりたい場合、医師の説明を聞いてください。

治療法は?

残念ながら、根本的な治療法は今のところ確立されていません。
ただし、PCOSの病態が耐糖能異常(糖尿病など)と深い関係があることがわかってきているため、経口血糖降下剤の内服が有効な場合もあります。この治療法はPCOSの患者さんの中で、肥満や耐糖能異常がある場合はかなり効果が期待できます。

PCOSに対する対処法は、患者さんのバックグラウンド、つまり年齢、結婚しているかどうか、妊娠の希望あるかどうかにより異なります。 詳しくはフローチャート(*2)をご覧ください。

[画像]PCOSの病態

それではフローチャート(*2)に出てきた用語について解説しましょう。

1. クロミフェン(CC)

飲み薬の排卵誘発剤です。
CCは体内に元々存在するエストロゲン(内因性エストロゲン)に似た構造をしていて、内因性エストロゲンを押しのけて視床下部のエストロゲンレセプターにくっついてしまいます(内因性エストロゲンに対する拮抗作用)。CCがエストロゲンレセプターをブロックしてしまうので視床下部の細胞はエストロゲンの情報が入ってこなくなり「エストロゲンが減ってるぞ!」と間違った判断をしGn-RHの分泌量を増やし、下垂体からFSHが多く分泌され卵胞の発育を促し結果的に過排卵となるわけです。
つまり、CCは直接卵巣に働くのではなく、脳の視床下部という場所を刺激します。そして、LH、FSHというホルモンの分泌を促すということになります。 クロミッドは排卵誘発剤の中でも永い歴史を持ち、この薬によって恩恵をもたらされた人は数知れないと思います。

副作用としては、主に以下のものが挙げられます。

  • のぼせ、腹部緊満感、乳房の不快感、発疹、めまい、うつ状態 など
    また非常にまれですが、視野の異常、すなわち眼が見えにくくなることがあり、このときにはCCを中止します。
  • 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
    卵巣に多数の卵胞ができてしまい、卵巣腫大、腹水貯留などをきたす症候群です。ただしCCによりOHSSを発症することは極めて稀です。
  • 多胎妊娠
    自然妊娠では、双子になる確率は約0.6~1%ですがCC内服周期では約5%に上がります。これはCCにより多排卵が起こりやすくなるためです。
  • 頸管粘液の減少、子宮内膜が厚くならない
    これはCCがもつ「抗エストロゲン作用」によるものです。半年以上の長期にわたる内服で起こりやすくなるといわれています。頸管粘液は排卵期に増えることにより、腟内の精子が子宮内に上がっていく(遡上)ことの手助けをします。また十分な厚さの子宮内膜は着床に不可欠です.

2. タイミング指導

排卵の時期をみつけ、いつ性交をすれば妊娠の確率が高いかをお教えすることです。排卵日の予知は経腟超音波検査、尿中LHの検査などで行います。

3. FSH製剤による排卵誘発

皮下注射、または筋肉注射用の排卵誘発剤です。
この種のいわゆるゴナドトロピン製剤には、FSH製剤(FSHのみ)とHMG製剤(LHとFSHを含む)がありますが、PCOSの患者さんにHMG製剤を投与すると卵巣過剰刺激症候群(OHSS)のリスクが高くなるため、通常FSH製剤を投与します。FSH製剤は卵巣に直接作用して、卵胞の発育を促します。
最近のFSH製剤では自己注射が可能なものも発売されており、通院の負担がかなり軽減されます。

副作用としては、主に以下のものが挙げられます。

  • 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
  • 多胎妊娠(約21%)

4. 腹腔鏡下卵巣多孔術 (LOD、Laparoscopic Ovarian Drilling)

名前の通り、腹腔鏡(腹腔内にカメラを入れる手術)により、卵巣にレーザーあるいは電気メスを用いて複数の小さい穴をあける(ドリリング)手術です。なんだかぶっそうな感じがしないでもない名称ですが、PCOSに対する効果は大きく薬物療法に反応しないケースではしばしば行われます。
ではその長所と短所についてまとめてみます。

長所

  • 主なホルモン異常が正常化する
  • ほぼ全例がクロミフェン感受性になる(クロミフェンが効くようになる)
  • 70%以上で自然排卵が起こる
  • 1年以内に50%以上が妊娠する
  • 約半数で効果が長期間持続する
  • ゴナドトロピンに対する反応が改善する
  • 多胎妊娠とOHSSを予防できる
  • 腹腔内病変の診断や治療を同時に行える

短所

  • 手術侵襲とリスクを伴う
  • 美容的に敬遠される
  • 作用機序が不明である
  • 効果の予測が難しい
  • インスリン抵抗性を改善しない
  • 手術や入院に伴う経費がかかる
  • 流産や妊娠合併症を予防しない

5. カウフマン療法

卵胞ホルモン製剤(エストロゲン)と黄体ホルモン製剤(プロゲステロン)を内服または注射することにより、規則的な月経周期を作ります。これを3~6か月繰り返すのがカウフマン療法です。
治療後、自然に規則的な排卵および月経があるかどうか、基礎体温を記録しながらようすをみます。軽症のPCOSには有効な場合もありますが、一時的な効果に留まることも多い治療法です。

6. OC(低用量経口避妊薬:低用量ピル)

基本的にはカウフマン療法と同じですが、よりホルモン含有量の少ないくすりであるため、安心して長期間服用できます。
OCにはPCOSにおける高LH状態を是正する働きもあり、このことはいずれ妊娠を考える際に有利に働く可能性があります。妊娠を考える時期がくるまでOCを服用することは極めて有用と思われます。
また、OCは避妊薬であるため、望まない妊娠を避ける働きがあることはもちろんのこと 月経痛や、月経前症候群(PMS)の症状を緩和し女性のQOL(生活の質)を向上させます。さらに卵巣がん、子宮体がん、良性の乳房疾患、骨盤内感染症に対して予防効果があるとの報告もあります。

7. 漢方薬

月経不順に効果があるとされる漢方薬としては、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、加味逍遙散(かみしょうようさん)、温経湯(うんけいとう)などがあげられます。
他の治療との併用療法には期待がもてます。

参考リンク

8. メトフォルミン

耐糖能異常や肥満がある方には効果が期待できます。耐糖能異常の診断のためには、糖負荷試験、ヘモグロビンA1c、血中インスリン濃度の測定が必要です。
またPCOSが原因である不妊症の方で、クロミフェン抵抗性(クロミフェンで排卵しない)の方に対し、メトフォルミンを服用してもらうことで排卵しやすくなることも多数報告されています。