体外受精・胚移植の説明書 in vitro fertilization and embryo transfer
はじめに
体外受精・胚移植法が世界で初めて成功してから40年近くが過ぎました。この間、不妊治療技術、特に生殖補助医療の進歩は目覚しく、かつては困難であったケースでも妊娠が望めるようになりました。
2014年までに日本だけでも体外受精による出生数は43万人を超え、現在生まれてくる子どもの約21人に1人は体外受精によって得られた児とされています。
このように体外受精・胚移植法は現在、難治性不妊症に対する治療としてすでに欠くことのできない方法と言えます。
適応(体外受精・胚移植の対象となるケース)
体外受精・胚移植法は、これ以外の治療によっては妊娠の可能性がないか極めて低いと判断されるご夫婦、および本法を施行することが治療をお受けになる方またはその出生児に有益であると判断されるご夫婦が対象となります。
以下は不妊原因の具体的な説明です。
- 卵管性不妊:卵管が両側とも閉塞している場合、卵管形成術などの治療が適応外あるいは無効であった場合、卵管の機能障害のある場合
- 男性不妊症:乏精子症、精子無力症、精子奇形症などで数回の人工授精を行ったにも関わらず妊娠しない場合
- 免疫性不妊症:抗精子抗体などが陽性で、他の治療法で妊娠しない場合
- 子宮内膜症性不妊症:薬物療法、手術療法が無効であった場合
- 原因不明の長期不妊
方法および体外受精・胚移植のスケジュール
体外受精・胚移植の方法は、治療を受ける方の状態により若干の違いはありますが、ここでは一般的によく用いられている方法について説明します。
1. 調節卵巣刺激
良い結果を出すためには良い卵子をいくつか採取する必要があります。そのためには、HMG(FSH)製剤の注射による卵巣刺激とGnRHアゴニスト(点鼻薬)またはGnRHアンタゴニスト(注射)の併用が必要となります。両者を併用することにより採卵まで排卵を抑制しつつ卵胞を発育させることが可能となります。
治療周期の最初の受診は月経周期の3日目になります。当日は両側卵巣の腫大の有無、子宮内膜の剥離の状態を確認するために経腟超音波検査を行い、その後の注射のスケジュールを立てることになります。HMG(FSH)製剤は月経周期3日目より連日投与し、その後は数日おきに経腟超音波で卵胞発育の様子を観察します。卵胞が十分に発育したことを確認し、採卵の日時が決定したところで採卵の約36時間前を目安にHCG製剤の注射(あるいはGnRHアゴニストの点鼻)を行います。通常、採卵前々日の21時から22時の間になります。HCG製剤(あるいはGnRHアゴニストの点鼻)は卵子の成熟を促すために必要不可欠な薬剤です。尚、十分な数の卵胞が発育しない場合(成熟卵胞が1~2個以下)は、採卵を中止せざるを得ないこともありますので予めご了承下さい。
2. 採卵及び媒精
採卵当日は午前8時30分までにご夫婦で来院してください。午前9時より経腟超音波ガイド下に採卵手術を施行します。採卵は静脈麻酔下に行います。
採卵は約10~15分で終了しますが、麻酔が完全に醒めたことと腹腔内出血などがないことを確認できるまではリカバリールームで休んでいただきますので、ご帰宅は午後0時以降となります。採卵当日は自宅で安静を保って頂きます。
尚、稀に採卵を試みても卵子が得られない場合がありますので予めご了承ください。
ご主人は午前8時40分ごろに院内採精室にて精液を採取していただきます。また、ご自宅にて採取された精液を持参されても構いません。禁欲期間は数日程度が望ましいと考えられます。
精液中の運動良好な精子を密度勾配法やスイムアップ法(培養液中を泳ぎ上がらせる)にて回収します。その後、採取した卵子が入っている培養液に精子浮遊液を加えて媒精を行います。
3. 受精の判定
媒精18~20時間後に受精の判定を行います。正常な受精が確認された受精卵は、さらに1~5日間培養を継続し、形態学的に正常に卵割・発育していると判断された胚のみを凍結あるいは子宮内腔への移植に用います。当院では妊娠率および治療の安全性の向上を考え、受精卵は全て凍結保存し、のちの月経周期に胚移植をすることを強くお勧めしています。
尚、採卵後の卵子や精子の状態によって、全く受精しない場合がありますので予めご了承ください。
4. 胚移植および胚凍結
培養した受精卵は、胚の分割の程度を確認した後に正常な胚のみを採卵日の2~5日後に凍結保存あるいは子宮腔内へ移植(胚移植)します。胚は専用カテーテルに少量の培養液と共に吸引し、腟から超音波プローブを挿入し、その画像を見ながら経腟的に子宮口から子宮腔内へ注入します。胚移植は数分で終了し、麻酔薬・鎮痛薬などは使用せず、疼痛はほとんどありません。胚移植後30分程度安静を保った後、帰宅となります。帰宅後は、通常の生活をしていたただいて差し支えありません。
多胎妊娠を防ぐために、日本産科婦人科学会の見解では移植胚数の上限を1個とし、35歳以上の方あるいは2回以上続けて妊娠不成立の場合2個までとしています。そのため、胚移植できない余りの胚が生じることがあります。その場合、次回の治療のために胚の凍結保存ができます。胚の凍結に関しては、別途意思をご確認します。ご夫婦の同意が得られれば胚の凍結を行います。なお、受精に至らなかった卵、受精したにもかかわらず正常に分割発育しなかった卵は、説明の上廃棄させていただきます。尚、後述する卵巣過剰刺激症候群などの異常がある場合、新鮮胚移植は行わず全胚を凍結することになります。
胚移植後は胚の着床を助けるために薬剤の投与が必要となります(黄体期管理)。当院では黄体ホルモン製剤の投与を基本としております。
5. 妊娠の判定
胚移植後、12~14日目に血液検査により妊娠の成立の有無を判定します。
治療成績
日本における治療成績(2014年)
日本産科婦人科学会、平成27年度倫理委員会 登録・調査小委員会報告より
1. 新鮮胚を用いた治療成績(胚移植あたりの妊娠率)
- IVF-ET(媒精):23.0%
- Split (媒精と顕微授精の2本立て):24.2%
- ICSI(顕微授精):18.9%
2. 凍結胚を用いた治療成績(胚移植あたりの妊娠率)
- 凍結胚:33.5%
当院の治療実績は下記のページをご覧ください。
危険性および起こり得る合併症
1. 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
OHSSは排卵誘発剤の投与により卵胞が過剰に発育し、黄体期に卵巣腫大、腹水貯留等による多彩な症状を呈する症候群です。
OHSSは体外受精・胚移植周期の約1~33%に発症すると報告されています。また重症OHSSは1~2%に発症し腎障害、呼吸障害、血栓症などの合併症を招き、時には死に至ることもあります。
2. 腹腔内臓器損傷・腹腔内出血・腹腔内感染
いずれも採卵に伴い起こり得る合併症です。開腹手術による損傷臓器の修復や止血、また抗生剤投与が必要となることもあります。
3. 多胎妊娠
多胎妊娠率は約3%と報告されています。多胎妊娠(特に品胎以上)は流産や早産、あるいは妊娠高血圧症候群などの妊娠合併症の発現率を上昇させ、児の周産期死亡率や罹患率を上昇させると言われています。
4. 遺伝的リスク
先天異常児の発生率は同一母体年齢別の比較では自然妊娠の場合と同等とされていますが、安全性に関しては児の長期予後などを含め未だ明らかになっていない部分もあります。
代替手段
体外受精に替わる治療手段として以下のものが挙げられます。
- 卵管因子による不妊症の場合:手術療法により卵管を開口し妊娠を試みる。
- 男性因子による不妊症の場合:精索静脈瘤や精管閉塞が主な不妊原因の場合、手術療法により精液所見が改善されることを期待する。
安全性
かつて腹腔鏡下に採卵を行っていた頃に比べると、経腟的に採卵が可能となった今日では外科的侵襲は大幅に軽減されたと言えます。
また、多胎妊娠に関しても、胚培養技術の進歩により移植胚数を減らす(たとえば単一胚盤胞移植)ことも可能になり以前よりリスクは低くなったと言えます。ただし母児に関しての長期予後など、現時点では明らかとされていない部分もあります。
費用
体外受精・胚移植は保険適応外の医療であるため自費診療となります。
体外受精・胚移植 : 199,500円
その他診察費用、薬剤、注射は別途、約10万円前後が必要です。
(薬剤や検査の追加、省略などにより増減することがあります。)
その他
- 治療に関して疑問が生じた際には、納得のいくまで十分な説明を行います。またカウンセリングが必要と思われた場合、あるいは患者さんが希望された場合には医師、胚培養士が個別カウンセリングを行います。
- 生殖補助医療は妊娠の成立だけを目的とすることなく、妊娠・分娩の安全性をはかり、出生した時の長期健康状態をフォローアップしながら行っていく必要があります。そのため、生殖補助医療登録施設である当院は治療周期数や妊娠症例数などを日本産科婦人科学会に報告することが義務付けられていますが、治療をお受けになるご夫婦の個人情報が院外に漏れることは決してありません。また、当院における治療法や治療成績などを学会等で発表する際にも個人情報は厳格に取り扱い、確実に保護することをお約束します。
- 採卵後の卵子、精子、胚の培養期間中に、災害(地震、雷、風水害などの自然災害、火災、第三者による行為)が起こった場合に生じる卵子、精子もしくは胚の損傷・紛失に関しては、免責とさせていただきます。
- 当クリニックは医師1名で診療に当たっているため、医師の急病または急死などの際には、治療を継続できなくなる場合があることをご了承ください。