あみウイメンズクリニック(婦人科・不妊治療)
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コンタクト
院長より

院長・医学博士/阿美雅文

大学での研究生活、竹田綜合病院での産科診療そして婦人科手術さらには不妊症診療に明け暮れた臨床づけの日々、そんな歴史を経て、私は「あみウイメンズクリニック」開院を決意しました。
そこには「勤務医としてやり残したことはない」という充実感と「開業医でなければできないこと」への新たな情熱がともに存在しています。

私が医師として培ってきたすべてを、私が老いて働けなくなるその日まで、私の医師としての最後のかたちである「開業医」として皆さまに提供していくことが私の使命と考えます。

当院は、ある意味「不妊症診療に特化した」クリニックではありますが、女性全般のすべての疾患に対応し、皆さまのQOLの向上に貢献していくことが私の今の願いです。
とかく「産婦人科」というものは敷居が高いものとされがちですが、皆さまが気楽に訪れることができ、そして待ち時間のあいだもできるだけ快適にお過ごしいただけるようクリニック内の雰囲気やアメニティに関しては常に工夫を凝らしています。
訪れていただいた方に「こんなクリニックもあるんだ!?」と感じていただけることが、私にとってこの上ない喜びです。

最後に
当院のホームページをご覧いただきありがとうございます。
皆さまに愛されるクリニックを目指し、スタッフ一丸となり日々の診療の取り組んでまいります。
今後も「あみウイメンズクリニック」をどうぞよろしくお願いいたします。
 

院長プロフィール

1963年 郡山市に生まれる。
父親(阿美眞文:前塙厚生病院副院長、現あみウイメンズクリニック理事)が県立猪苗代病院産婦人科に勤務していたため、少年期の6年間をを猪苗代町で過ごす。夏はソフトボールと野球、冬はスキーに明け暮れた少年時代であった。
1989年3月 北里大学医学部卒業
1989年6月 医師免許取得
1989年6月 東北大学医学部産科婦人科学教室入局
研究室は前東北大学産婦人科教授、岡村州博先生率いる「周産期グループ」に属し、ハイリスク妊娠の診療、胎児胎盤循環の研究に情熱を注いだ。
1996年6月 東北大学医学博士号取得
(学位論文:胎児低酸素血症が胎児胎盤系微小循環に及ぼす影響に関する研究 -血液レオロジー的観点から-)
1996年10月 矢嶋聰教授(現名誉教授)の命を受け、竹田綜合病院産婦人科勤務となる。
「周産期医療を志す者として、NICUを有し会津地区の周産期医療の中心機関である竹田綜合病院で、大学での経験を生かし診療のレベルアップに寄与し、さらには地域医療に貢献せよ。」がその趣旨であった。
ちなみ会津は妻の実家がある土地でもあった。
尚、この時点では自分が不妊診療を生業とすることになるとは夢にも思っていなかった。
1997年4月 同医長
この頃から不妊診療に興味をいだき勉強を始める。
勉強すればするほど奥深きものであることを痛感する。
1999年4月 同科長
産婦人科医師総勢7名のトップとなり科の運営を任される。
この時期、竹田綜合病院で高度生殖補助医療(体外受精―胚移植)を行うべく準備を始める。
また山鹿クリニック開設に向けて、6階産婦人科フロアのレイアウトをつくる。(実はこれがあみウイメンズクリニックを開設するにあたりとても役に立った)
2000年3月 竹田綜合病院産婦人科の高度生殖補助医療登録施設実施責任医となり、体外受精―胚移植を本格的に始める。この時は毎日午前中の外来診療、午後からの手術、夜間の緊急手術に追われながら、自ら採卵―胚培養―胚移植と一連の過程に従事したが、おのずと限界を感じ、胚培養のプロフェッショナルを育てることの必要性を痛感する。
また、産婦人科診療全般に携わりながら不妊症診療を行っていくことの困難を実感し開業志向が強まったのもこの頃だった。
2004年9月30日 同退職
2004年10月5日 あみウイメンズクリニック開設
ちなみに開院日は私の誕生日でもある。満41歳の秋のことであった。
 
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